近代世界システム論 ∼なぜ周辺(周縁)国はいつまでも遅れたままなのか∼

 近代世界システム論とは、アメリカの経済学者イマニュエル・ウォーラーステイン(1930-)が提唱し確立した世界のシステムモデルである。ヨーロッパの大航海時代がもたらした世界的交易を起点に、系譜的には従属論の流れを汲むものの、中枢と辺境、あるいは中核と周辺(周縁)という従属論での説明図式からさらに進み、ヨーロッパを中核として世界を覆い尽くしていく世界システムモデルを提示しているとされる。

 この近代世界システム論において周辺(周縁)とされた国々が、なぜいつまでも遅れたままなのかについては、大航海時代からのヨーロッパによる「周辺(周縁)国は、いつまでも中核に利用される周辺(周縁)国であれ」というヨーロッパ中心主義の様々な抑圧を受けてきたためであると考える。これには、大きく三つの説が存在している。

 

 第一の説は、周辺(周縁)国はまだ「市民革命」以前であり近代国家への発展段階にあるとする説である。マルクス主義史学や一国史観、発展史観をもとにした、歴史は国単位セパレートコースの発展競争であるとする考えから、周辺(周縁)国は民主化・工業化推進で発展するはずだとされている。しかし、投資によるイギリスのような持続的経済成長(テイクオフ)からの産業革命、経済成長を期待して中核(先進国)が資金投下するものの、いまだ周辺(周縁)国の経済は停滞している。

 

 第二の説は、周辺(周縁)国は、「先進国」になろうとする途上にないとする説である。近代世界において、ヨーロッパによる地球規模の巨大な分業体制に中核の望むような単一産業化した特殊な形に開発されている周辺(周縁)国が組み込まれているため、周辺(周縁)国は開発前の「未開発」とも、開発途中の「発展途上」とも異なる「低開発」として固定化したとされている。近代世界システムにおいて経済のもたらす利益の大部分は中核に集中しており、中核は周辺(周縁)から経済的余剰を収奪するため、周辺(周縁)地域は「先進」に追い付いていく、または経済的差が縮まっていくはずが、今の位置に留まっているとされる。

 しかし、そもそも世界システム論には盲点があり、すなわちヨーロッパ中心主義による経済的要因以外が軽視されているという点がある。

 

 第三の説は、その経済的なもの以外の要因として、植民地に対して行われた「精神の服従」と言われる教育があげられる。第一次世界大戦までのヨーロッパでは、近代国民国家の形成のため国民意識を涵養するための教育が重視された。しかし、植民地に対しては国民意識ではなく、本国に仕える立場だという意識を育てるために教育が行われた。この教育は、農業や手作業の基礎技術の知識を習得させ、場合に応じて本国商社の代理業を務められるような者を育てること、つまり本国が「活用」できる人材を育てることとされている。

 本国のために農産業を行い本国の方針に従えば、植民地を豊かにすることができる。それは植民地を守る本国のためであり、結果的に植民地民のためになるという教育が、植民地ごとの生活様式や文化に適合するよう考えられて行われた。この思想教育の名残が、周辺(周縁)国が現在も単一商品(ステイプラン)生産プランテーションの不等価交換な分業体制から抜け出せない一因ではないかとされる。

 

 以上のことから、なぜ周辺(周縁)国はいつまでも遅れたままなのかについて、大航海時代からのヨーロッパによるヨーロッパ中心主義の様々な抑圧を受けてきたためであると考えられる。

 周辺(周縁)国を「低開発」の状態から解き放つには、周辺(周縁)国そのものへの多方面の支援だけでなく、現状の周辺(周縁)国で生み出される利益を利用している中核の経済を見直すことが必要となるだろう。

 

参考文献

水嶋司編『グローバル・ヒストリーの挑戦』山川出版社(2008)

平野千果子『アフリカを活用する‐フランス植民地からみた第一次世界大戦‐』人文書院(2014)

トマ・ピケティ 山形浩生・守岡桜・森本正史訳『21世紀の資本』みすず書房(2014)