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読書の意義と定義を見つめる

レポート・論文

1. はじめに

  日本の公共交通機関(電車,バス等)を利用すると、ただ立っている人や眠っている人の他に「読んでいる人」が目につく。これは平日の混み合った通勤電車の中でも見られる。日本の通勤電車は、世界的に見てもかなり混み合っていることで有名である。そして、そんな窮屈で退屈な空間でも寸暇を惜しんで読書・情報収集をする人々が多いことも、世界的にめずらしい。近年、この「読んでいる人」が二種類見れるようになった。印刷された本を読む人と電子テキストを読む人だ。私自身、この二種類のどちらにも含まれる。

 もはや、読書とは何かを正確に定義することは難しいだろう。様々な形が生まれているため、新たに定義していってもすぐに漏れが出てきてしまうからだ。このような現状で、本は存在していけるのかが問われている。デジタル技術の発展により、情報は自由な保存と運搬が許され、画面上に明確に表示されるため、従来のように印刷したり、それを保存・運搬したりする必要がなくなったためだ。

 本のかたちが多様化していっている現在こそ、読書の動作と情報収集の関係を考察する必要があるのではないかと思い、文明の発達を支え続けてきた最大のメディアであった本,情報収集方法である読書、そしてそれに携わる機関「図書館」をふまえて、読書について考えてみた。

 

2.1 本の物質性

 人類は文字を作りあげ、知識や伝えたい事を様々なものに書きコミュニケーションを行ってきた。その媒体となる素材には、石、粘土、骨、木、金属、布、紙などがあるが、中でも紙は文明発達のための偉大な発明だ。

 105年の中国で蔡倫によって製紙法が完成されたが、それが世界各地に広がるのには時間がかかった。日本には610年に高句麗の曇徴によって伝えられたが、ヨーロッパ各地への伝播は、中国→シルクロード→エジプト→地中海→スペイン→イタリアの経由をへて長い年月を要したのだ。そのため、かのグーデンベルグによる活版印刷技術の発明後も、15世紀頃までヨーロッパではヴェラムとパーチメント(パピルスに代わってB.C2世紀頃に登場)といった素材の本と紙の本の両方が流通していた。

 その後、活版印刷技術の普及により書物が大量に印刷されるようになると、安価で丈夫な紙が情報伝達媒体である本に使われるようになる。人類は常に、より読書に相応しい質感を求めてきたのだ。

 

2.2 読書と感覚

 印刷された本と電子テキストにおける読書の差異は、ハードウェアの必要の有無、そして,感触と動作だ。本自体に「扉(表紙)」「開陳」「(本を)開く・閉じる」という単語が使われるように、本を読むときの動作には建築的な、建築物への出入りの機能を感じる。これには、読書が印刷された本という‘知識と出合うための媒体’に対して行われる動作と深く関係していることが現れている。

 歴史と文化の批評家モリス・バーマンが書き留めているエピソードに興味深いものがある。ヘブライ語のアルファベットを習う最初の日、教師は子どもたちに蜜で最初の文字を書かせ、なめさせた.知識は甘美なるものであると感得させるためだ。世界には、触覚を通じて文字を学ぶ伝統がいくつもある。漢字文化圏の書道、アラブ語圏のカリグラフィー、ヨーロッパの教育現場で児童にペンとインクが使わせている事などがそうだろう。

 文字を学ぶ、情報を収集することに、ただ脳を働かせるだけでない魅力があるということが、感覚を通して根付いていくことに従来の読書の意義があったのではないかと考えられる。読書において、本の紙や文字が持っていた役割の必要性を、私達現代人は見失っているのではないだろうか。

 

2.3 図書館の体験

 図書館とは、図書、視聴覚資料、点字資料、録音資料等のメディアや情報資料を収集、保管し、利用者への提供等を行う施設もしくは機関である。書物を収集・保管・公開するための施設としての図書館は、歴史の上でも常に存在していた。また、その形状の変化はほとんどなく、規模の差はあるが、その本質は同じであるようだ。

 しかし、図書館を支える原理には、図書館が常に書物を閲覧希望者に無条件で公開しているとは限らないように、大きな差異と返還がある。私が利用した又は足を運んだ図書館を例に出してみよう。

 私が一度訪れたイタリアのウラレンツィアーナ図書館(有料)は、現代のすべての図書館の原型となっている図書館であり、基本的な数多くの文献と共に世界有数の貴重な本を管理している。

これに倣っているのが現在の図書館である。現代の図書館は比較的多岐に亘って様々なジャンルの図書、視聴覚資料、点字資料、録音資料等を収集している。しかし、神戸ファッション美術館ライブラリー(無料)では、資料のほぼ全てがファッションに関係するものであった。このように、図書館にはそれぞれ蔵書・閲覧対象などの特徴がある。

 先述した読書の魅力を体験した者なら、あの魅力的な体験ができる本が豊富に存在する図書館はそれだけでテーマパークのように感じるだろう。情報量の多さや専門的な知識を求めるだけでなく、ヴァーチャル世界の電子図書館の物質性を離れた本では体感出来ない利点がそこにはあるのだ。

 

3 読書のこれから

 予測しがたい発展を遂げる電子テキストに、本の役割を奪われてしまうことはないだろう。なぜなら、電子テキストでは代用出来ない‘物質性を通した体感’が本には備わっていること。紙の本が、ハードウェアがなくてもいつでもどこでも読める、優れたメディアであることがあげられる。電子テキストのことを否定しているわけではない。本を電子化することで、距離や本の状態を気にする必要がなくなったように、電子テキストには距離物質性を持たないがゆえの利点もたしかにあるのだ。

  電子テキストを扱う図書館も現れている。これからの読書体系を考えていくためには、電子テキストの便利性を利用しつつ、物質としての本に触れて読書することの意義についても検討していくことが大切であると考えている。

 

 

参考文献 
  1. 樺山紘一『図解|本の歴史』河出書房新社2011
  2. 港千尋『知識の扉―学ぶことの身体性』
  3. モニカ・ビエッティ,アントニオ・パオルッチ,訳:中嶋浩郎『メディチ家礼拝堂 美術館とサン・ロレンツォ聖堂』sillabe s.r.l 2010