#NoBarbenheimer について

 #NoBarbenheimer について私の意見を書いておきたい。

 英語圏のニュースメディアから取材を受けていたのだけど、途中で連絡を無視されて日付が変わり、そのまま今に至る。ニュース記事になりそうにないので、自分で書くことにした。

 

 ことの始まりは以下である

 『バービー』公式アカウントが原爆を茶化したmemeに乗っかったことを批判する#NoBarbenheimer*1 の抗議活動に私も参加していた。

 

 私のツイートはこちら

私は決してBarbenheimer(バーベンハイマー)を支持しません。

#NoBarbenheimer

原爆のキノコ雲をポップなmemeにして楽しむのには反対です。この雲はまったく面白くありません。これは何十万もの人々の命を奪った負の歴史です。 1/4

米国で行われた実験では、その雲によって多くのネイティブアメリカンとラテン系住民が殺されました。日本で、都市の工業施設(広島)と教会(長崎) に原爆が投下されたとき、その雲によって多くの日本人、韓国人/中国人/ロシア難民/キリスト教徒のヨーロッパ人が殺されました。 2/4

前述したように、この雲は悲惨な戦争と負の歴史の象徴です。この残忍なmemeがこれほど人気が​​ある理由の 1 つは、核爆弾の犠牲者の多くが POC (有色人種)であるためだと私は考えています。何十万人もの犠牲者と、遺族がいるのです。3/4

原爆のキノコ雲は面白くもないしポップでもない。それはmemeではありません。

#NoBarbenheimer 4/4

 

 私はこのように英語で批判ツイートをしていたので、英語圏のニュースメディアから「あなたのツイートを読んだから取材させてほしい」との連絡が来たわけである。08/03の朝のことだった。

 しかし、取材は記者からの突然の無視という形で終わった。

 

 そのときの不安を私はこう投稿している。

 

 https://fedibird.com/@UbuHanabusa/110822640748683527

 

英語でバーベンハイマー批判した別垢のツイートに対して英語圏の記者から取材受けてるんだけど、ほんまにコレ載るんかな……。私のルーツのこと説明して、「核の被害を受けた人は日本人だけではないし、核爆弾を笑えるジョークにしてはダメな理由はこれが虐殺兵器だからで、この件は単純な日本vsアメリカの構図ではない」って言ったら相手が持っていきたかった論調と違ったのかメッセージ返ってこなくなった。あのmemeへの批判について日米のcultural differencesって単語を出されたので、そんな文化差の話ではなくて民間人虐殺の話だし日米だけの問題じゃないと伝えたかったんだけど、やっぱ通じないのかな。元の英語ツイートにも「核の被害者は世界中にいる」と「核は民間人虐殺兵器だからポップなジョークになり得ない」って趣旨のこと書いてるんだけど、こう書いてる奴に「日米の文化差ですよね」って言ってくるのさ、意見の中身じゃなくて英語話す日本人ってだけで私のこと選んでるよね……。

 

 Barbenheimer(バーベンハイマー)批判に関する私への取材は、結局そのまま何の連絡もない。ガン無視されたのである。

 日本時間にして平日の朝5時にDMがあって、私は起床してこのDMに気づき、6時半には了承の返事をした。「通話でインタビューを」との先方記者の希望には、「申し訳ないが、日本は今、平日の朝で、私もこれから仕事があるので通話は難しい。文章のやりとりなら隙間時間に可能」と返した。やりとりは全て英語で行っている。

 突然の連絡に対して私はなかなか協力的な取材対象だったのではないかと我ながら思うが、こんな対応をされてしまうとは。

 

 大企業ワーナー・ブラザーズの公式アカウントが原爆のmeme化に嬉々として乗っかったことへの批判を、この記者は「日本とアメリカの文化の違い」にまとめたいんだろうな、とは初手から感じていたが私はそういう答えは返さなかった。

 この件を「文化の違い」に矮小化することは不可能だと考えていたし、戦争の犠牲者への敬意、核兵器と民間人虐殺への反対は、日本人だけの問題では決してないとも考えているので。

 

 もちろん、日本がWW2でアジア諸国およびハワイ等へ行った戦争犯罪ナチスへの加担は許されるものではない。しかし、日本の暴走を止めるという「正義」のもとにアメリカが行った空襲や原爆という爆撃は、兵士ではなく民間人の日本人を大量に殺害し、そして「助ける」はずの朝鮮や中国や台湾などの植民地の人々までも諸共に殺害した。

 私の祖父は、東京大空襲で4歳にして戦災孤児になった中国人移民である。満州近隣の出身だった祖父は、日本に支配されて故郷や母語を奪われ、アメリカに爆弾を落とされて家族を殺された。植民地の民は戦勝国にも戦敗国にも踏み躙られた。あの空襲と原爆、兵器による民間人虐殺は、二度と繰り返してはならない人類の負の歴史の一つだと私は認識している。

 バーベンハイマーのmemeを英語で批判し、そこそこRTされ、それ故に英語圏から取材を受けた私は、幼少期の半分ほどをハワイで過ごした中国系日本人である。この時点で、私にとって(あるいは戦争被害というものを理解する全ての者にとって)この問題が「日米」に限らないことが理解できると思う。

 戦争というものは、そして戦争を生き抜いた者たちの生活の再建と、被害者たちの人生というものは、少なくとも「文化の違い」だけでまとめられるようなものではなく、地理的にも文化的にも、それぞれに複雑なものだ。

 

 そのため、「日米の文化の違い」を尋ねられた私は、まず自分のルーツとバックグラウンドについて「私は日本人であるが、日本の旧植民地にルーツがある」と開示して、民間人への爆撃について上記したような考えを簡単に送った。

 それを機に返信が来なくなった。

 その時点で、「ああ、私の考えは"日本側の意見"として取り上げるには相応しくないと判断されたのだ」と理解した。しかし、忙しいこともあるだろうと思い「追加の質問があれば送っておいてください。日本時間の正午までに確認して連絡します」と送った。これにも返信がないまま、今に至る。

 

 この記事の冒頭にもあるように、この記者が連絡してくるキッカケとなった私のツイートには、私がこの件を民間人虐殺の軽視だと捉えていることが明確に現れている。「核兵器の被害者は多国籍かつ世界中にいて、民間人を大量虐殺する兵器をポップなmemeにすることに反対だ」と書いているのだ。

 なんなら、私のTwitter(現X)のプロフィールには英語で「Mixed roots, JP/EN/CH」と書かれており、私が人種・民族的に「ミックス」であることや、複数の言語圏に馴染みがあることはDMを送る際に確認できる。

 原爆のmeme化を「文化の違い」の方向性でまとめたいなら、この件を複数の国にルーツのある立場から「民間人(多くが有色人種)虐殺の軽視だ」と差別性を指摘している私に連絡してきたのは、記者側の人選ミスだ。

 私を選んだのは、私が「(少し込み入った話題について話せる程度には) 英語を話せる日本人」だからでしかないのだろう。

 その上で、私から望むような「日米の文化の違い」の結論を引き出せないと判断した記者は、やり取りの途中で返信さえせずに放置するという対応を私に行った。これが無礼であることは一目瞭然のはずだ。

 

 また、日本人かつ「ミックス」である私の意見は「日本の文化/日本人の意見」として使えないと判断されたわけで、これは私のような移民や混血の人(mix race/mix roots)に対する「十分にその国の人ではない」または「日本人ではない」という差別意識なのではないかとも思えてくる。

 

 取材を申し込んでおいて、予め決めてある結論に沿った意見を引き出せないから無視しているなら「ジャーナリズム精神どこいったんや」案件だし、日本人の話が聞きたいのに中国系だったから無視しているなら「混血や移民はその国の市民じゃないってことか」案件だし、アメリカ人が原爆の件で日本人に話を聞かせろと頼んでおいて相手の話を無視するのは「バカにしてるんか」案件だし、どれが理由でも全部最悪である。

 非常に疲れた。

 

 米ワーナーも、謝罪した*2とはいえ、プレス記事で短い文章を発表しただけで公式アカウントや自社サイトでは一切触れていない。日本市場の販促のための監督来日イベントでも、この件は一切触れられていない*3。そして、批判されていた公式アカウントは今も「よーし現実逃避しちゃうぞ♪」みたいなツイート*4を、謝罪そっちのけでしまくっている。

 まるで反省しているとは思えない。日本からの抗議など、その場しのぎで小さく謝っておけばいいと考えているのではないか。原爆のmeme化に引き続き、ここでも日本/アジアへの軽視が見える。

 

 #NoBarbenheimer の抗議が起こる前、07/25の時点で、私は原爆をmeme化する動きに批判的で、核兵器の被害を日本だけの問題のように扱う言説も批判していた。

 TwitterMastodonに投稿したその文章を、せっかくなのでここにも載せておく。

 

https://fedibird.com/@UbuHanabusa/110774076906411938

 

オッペンハイマーまわりの原爆に関するmemeにも反吐が出るが、これを批判する言説もまた原爆の被害者は日本人だけでないということを無視したものがとても多くて、あっちにもこっちにも踏まれて疲れてしまう。核実験(先住民やラテン系の多い地域で行われた)や日本への原爆投下という、被害者が数十万人単位で存在している凄惨な史実を『オッペンハイマー』が雑な手つきで扱っているのは、被害者の多くが非白人であることと無関係ではないと思う。本作が被害者にフォーカスせず非白人のキャストがほぼいないことは事実であり、これは厳しく批判されるべきだが、その批判の際に他の被害者の存在を軽視しないでほしい。被害者は日本人だけではない。
「原爆は、国籍や民族の区別なく、あらゆる人々を襲いました。当時の広島市は日本有数の軍都。市内には、朝鮮半島から来た多くの人々をはじめ、台湾や中国大陸から来た人たち、ドイツ人神父、亡命していたロシア人家族などが住み、原爆の犠牲になりました。」原爆は国籍や民族の区別なくあらゆる人々を襲った - NHK広島

www.nhk.or.jp

 

https://fedibird.com/@UbuHanabusa/110774130920793211

 

核を批判的に描いているから『オッペンハイマー』は名作だの深いだの云々と欧米メディアが絶賛しているが、「核に批判的」なんてのは当たり前のことである。作中に被害者の表象がないことはすでに批判されている。核を作った白人男性だけにフォーカスし、核の被害者は姿も声もなく、いわゆる"両論併記"さえもしていないのが『オッペンハイマー』であり、これは到底受け入れられない。

オッペンハイマー氏による核実験で居住地を奪われ、被爆し、そして何の保障もされなかったネイティブアメリカンラテンアメリカンの人々については、こちらのポッドキャストが聴きやすかった。

CHINGONA HISTORY with ALISA LYNN VALDES

open.spotify.com

 

 

 https://fedibird.com/@UbuHanabusa/110774165574728665

 

作中には「オッペンハイマーが広島への原爆投下をラジオ放送で知り、その後に被爆地の実態を聞いて苦しむ様子が描かれ」ているらしいが、非西洋(日本/アジア)にいる実際の被害者を差し置いて、その被害を引き起こした白人男性が苦悩する姿を見せるのって、「被害者ヅラ」の最たるものだと思っている。

圧倒的マジョリティである白人男性(主人公)が非白人を殺害することは、悲劇的で同情の余地があるものとして扱われるのは、『オッペンハイマー』に限らずハリウッド作品あるある。

米「原爆の父」の伝記映画公開 広島・長崎の惨禍、描写なく | 2023/7/22 - 共同通信

nordot.app

 

 私のBarbenheimerへの意見は、memeの流行を知ったときから一貫している。

 重ねて書くが「核兵器の被害を軽視するようなmemeの流行は許せない。核兵器の被害を受けた人は日本人だけではなく世界中にいる。被害者の大多数が有色人種であることは、この残酷なmemeの流行と無関係ではない」というものだ。

 私はこの件に、複数の差別の存在を見ている。

 アジア蔑視、有色人種蔑視、植民地蔑視、被害者非難、女性の性的モノ化の再生産*5、歴史の改竄、被害者のいる他の事件の戯画化の応酬など。様々な複数の折り重なる差別を炙り出したこの件は、あまりにも醜い。

 私はもう『バービー』と『オッペンハイマー』の話はしない。製作会社とファンダム、メディアから揃ってこのように露骨に雑に扱われてまで、この作品に話題性を持たせてやる気はない。

 

 ただ、戦争にも、民間人への爆撃にも、戦争の犠牲者への敬意を欠いたジョークにも、兵器のmeme化にも、一生反対し続ける。これは戦争を生き残った者の、戦災孤児の子孫として果たさなければならない責任であると考えている。

 被害を語り継がねばならぬ責任については、同じ戦災孤児の孫として、こちらの記事に共感するところが多かった。

バービーの件に関してどうしても語らなければならない諸々の事」https://anond.hatelabo.jp/20230801140703

 

 以上が、私の #NoBarbenheimer についての意見である。

 

 この話はこれでおわりにしたい。

 一応書いておくと、私に取材を申し込んでコメントさせるだけさせて一方的に無視してきたニュースメディアは、The Daily Dot*6である。

 

 

 

 

 

*1:

Barbenheimer(バーベンハイマー)とは、2023年7月21日アメリカ合衆国などで同日公開された映画『バービー』と『オッペンハイマー』の2作品を掛け合わせた造語であり、同日公開という両作の競合関係から生じたmeme。映画館でこの2作をハシゴ観賞して「2作品どちらも観た!」と宣言するなど映画ファンによる作品応援ハッシュタグとしても使用されていたが、2作品を面白おかしく掛け合わせたコラ画像などがメインのmemeとなり、キノコ雲の表象が使用される状況となっていた。こうした“悪ノリ”が盛り上がる中、『バービー』公式アカウントがキノコ雲や原爆をネタにしたmemeに肯定的に反応していたため、#NoBarbenheimer というハッシュタグを用いた抗議運動が起きた。

*2:

#NoBarbenheimer を取り上げたプレス記事に、追記の形で公表された。謝罪単体の発表は他のどこにもされていないので、批判があったことを報じる記事を読まなければ(そもそも批判があることを知らなければ)ワーナーの謝罪文は目に入らない。

謝罪文もごくごく短いものである。

“Warner Brothers regrets its recent insensitive social media engagement. The studio offers a sincere apology.”

訳: ワーナー・ブラザーズは、最近の無神経なソーシャルメディアへの関与を後悔しています。心から謝罪します。

https://deadline.com/2023/07/barbie-oppenheimer-warner-bros-japan-social-media-posts-1235451347/

 

また、特に批判リプライが集まっていたツイートが削除されただけで、現在も原爆のキノコ雲を面白がるツイートは複数残っており確認できる。

*3:

『バービー』日本イベントでは、来日したグレタ・ガーウィグ監督へのインタビューが中止され、この件について触れることができなかった。

また、ある記事からは、この件についての監督の発言に関する記述が記事公開後に削除されるなど不審な動きがある。

公開された記事:「ワーナー・ブラザース、バービーと原爆のミームへの配慮ないSNS投稿を謝罪」https://www.vogue.co.jp/article/warner-bros-apologizes-for-barbenheimer-posts?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_social-type=owned&utm_brand=vogue-jp

記事から削除された記述「また来日中のグレタ・ ガーウィグ監督は、「ワーナー・ブラザー スが正式に謝罪をしたことにホッとして います。 本当に良かったです」 と 『ヴォーグジャパン』にコメントした。」https://twitter.com/2019mcu23sw9/status/1686733000396988417?s=46&t=4tsZUPpZzK2N5GtXRmqOOw

*4:

プレスに謝罪を公表した日、『バービー』公式アカウントが投稿していたツイート。

「Barbie Land is providing you the perfect escape.」

訳: バービー・ランドがあなたに完璧な逃避を提供します (ハートとキラキラの絵文字)

https://twitter.com/barbiethemovie/status/1686044056495988736?s=46&t=4tsZUPpZzK2N5GtXRmqOOw

*5:

女性とくに白人女性の「悩殺級の美しさ」を核爆弾に例える歴史は戦後すぐから始まった。美人コンテストの優勝者は「ミス核爆弾」と呼ばれ、キノコ雲をモチーフにした衣装を着た女性のピンナップ・グラビアはアメリカ中で人気を博した。

変わり種「ミスコン」の歴史:  https://sputniknews.jp/20200808/7680199.html

 

露出の多い女性用水着を水爆実験の衝撃に準えて「ビキニ」と呼ぶのも、セックスシンボルとなる女性を「Bombshell(爆弾)」と呼ぶのも、今も根付いている「軍事と結びついたセクシズムとルッキズム」である。今回『バービー』もまた、核爆弾と結びつけられたmemeによって「Bombshellなドールである(白人)女性」の表象を大量に再生産した。

*6:The Daily Dotのサイト: https://www.dailydot.com/

ウェブニュースメディアだが、『アトランティック』誌からジャーナリズム賞を受賞したこともある程度には真面目な記事も公開している媒体である。

また、マイノリティの権利運動を積極的に支持する姿勢も社として表明しているようである。https://web.archive.org/web/20161220104040/http://www.mystatesman.com/technology/austin-based-daily-dot-takes-new-approach-covering-the-web/cFOADb7fY3qvFbcm07mHON/(アーカイブ)